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いわゆブログ

心豊かにすることを、メモしていきます。

他人の文章を添削するのも、文章力アップになるなと思った

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画像が小さくてすみません。とある求人原稿を見て、練習がてら「よーし、今より分かりやすい文章にするぞ!」と思って見てると、案外ダメなところに気付けるんですよね。

自分もまだまだ赤ちゃんベイビーな文章力なんですが、多少の着眼点は養われてきた気がします。

イチから自分で文章カキカキするのもしんどい時があるので、そんな時は既にある文章を添削してみるのも勉強になるなと思ったのでした。

『総勢』と『総数』...に限らず類語って何で存在するねん。

まずは、『総勢』の辞書的な意味から。

ある集団属す全部の人。総員

総勢とは - 「総勢」の意味ならWeblio辞書

調べる前と後で、これといった認識の変化はないかと思います。しかしながら、似たような意味を持つ『全部』や『総数』といった言葉とどういった違いがあるのでしょうか。

結論から言うと、総勢は全体が多い状態の時に使います。『勢』という言葉からも、勢いのあるさまを指すことが分かります。例えば「当社は総勢2人のメンバーで事業を行っています!」という表現は、通じるにせよ違和感があるのです。一般的に考えると、2人という状態に勢いを感じることはありません。総勢とは言わずに全員で2人とか、そもそも何も書かず当社は2人のメンバーで〜、にするのがベターかと思います。

ただ、何人から『総勢』という言葉を使うべき、といったルールはありませんので、使い分けは文脈次第ということになります。ですから、多く勢いがあるなと思えば総勢と表現すれば良いということになります。そうすることで例えば、全員で1000人よりも総勢1000人と表現する方が、わんさかしてるイメージが引き立つのです。辞書的な意味は同じでも、使う言葉によって微妙に意味合いが変わってしまう、日本語の面白さ。

と、ここで『意味』と『意味合い』という言葉を使いましたが、もちろんココにも違いがあります。大抵の方は感覚的に使い分けていますが、いざ説明するとなると閉口してしまいます。

言葉で説明するよりも、例を出した方が分かりやすいかもしれません。例えば『バカ』という言葉がありますよね。この言葉は『利口でないこと』を意味しますが、仮にぺこ&りゅうちぇる的なカップルが、ベンチでイチャつきながら「バカ」と言った時は、あなたが愛おしいといった"意味合い"になりますよね。『バカ』ではなく『バカっ♡』であり、本来の意味とは異なるのです。そもそも「合い」という言葉は、前にある言葉の意味をぼかす為に使われます。なので、意味合いというと本来の意味を回りくどく表現する、もしくは異なった意味にするということになります。

要するに意味は、それそのものが持つ単独のイミを指し、意味合いは文脈によって変わるイミを指すということです。

意味・意味合いの正確なイミの理解が今回の趣旨ではありませんのでこの辺にします。何が言いたいかというと、同じ意味をもつ類語というものが何故存在するのか、それは存在する必要があるから存在している。そんなことを感じたのでした。

して頂『き』ます。して頂『け』ます。この違いは大きい...

求人原稿書いている中、改めて思うことだったのでメモ。

して頂きます、して頂けます。例えばこんな時に使われます。

【①将来は管理職として会社全体をけん引して頂きます。】【②将来は管理職として会社全体をけん引して頂けます。】

ニュアンスの違い、分かりますかね。

①は丁寧な言葉ではありますが、あくまで命令文。人によっては「ウッ」となる人もいます。とは言うものの、そもそも管理職を目指すんだ!という人材しか求めていないのであれば問題はありません。

しかしながらもし仮に、ヒラ社員でもOKだよ、または管理という道もあるよ、といった風に様々なポジションにおける1選択肢なのであれば、話は変わってきます。

その時に使うのが、して頂『け』ます。意味合いとしては、あくまで「可能」ということですから、相手にも選択肢があるということです。そして、読み手に与える印象もマイルドになります。

改めて考えると当たり前のことに思えますが、「頂く」という言葉自体が丁寧な表現な為、時間に追われたり書くことに必死になってしまうと、案外こういった一文字が、ないがしろにされたりするのです。

そんな1つの違いが、大きなニュアンスの違いを生むという日本語の面白さというべきか、怖さというべきかを振り返った一日なのでした。

婚活パーティーの運営に携わって気付いたコト

今回の参加は、客としてではなく、あくまで運営側としての立場です。どのパーティーなのか、どこが運営しているものか、といった具体的なことは自重しておきます。

そもそも婚活パーティーって何ぞや?という話からです。

様々な形態があります。一概には言えないのですが例えばで言うと、男女10人(計20人)が集い、異性全員と順番に1対1でトークを進めます。部屋は壁で仕切られていて、それぞれがちょっとした個室になっています。

1回のトークタイムは長くて8分。短い場合は5分。パーティーごとに全体の時間が決まっていて、参加者が少なければ一人ひとりと話せる時間が長く、多いとそれだけ短くなります。

で、中身に関してですが「さあ、お話ください!」だと、会話が盛り上がらない人もいるので、基本は、事前に記入したアンケート用紙に沿って、互いの理解を深めるという感じみたいです。

全員と話が終わったら、次に、好印象の気持ちを相手に伝える時間に入ります。

これは直接伝えに行くわけではなく、用意されたチケットに自分の番号(あらかじめ各々に番号が振られます。)と名前、相手の番号と名前を書いていきます。やっていることはFacebookで言う『いいね!』ですね。

好印象という意思を伝えることで、相手の意識を自らに向けることができます。それによって最終的なマッチングの確立を上げることを目的としているそうです。

イメージはこんな感じです。

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男性が青のチケットに、女性が赤のチケットに記入し終わったら、スタッフが回収します。それを相手ごとにまとめて、そのスタッフが配って回るのです。こちらのチケットは何人にでも渡すことができます。

10人とも気に入ったら、10枚書く。逆に言うと、好みの人が誰もいなかったら1枚すら書かないのもアリです。

ココで初めて、大量にチケットをもらう人と、そうでない人のモテ格差が可視化されます。この辺の違いが生じてしまう理由を(あくまで自らの所感ですが)後ほど書きたいと思います。

そして最後に、告白タイムです。

こちらも先ほど同様、好みの相手の番号と名前を記入。それをスタッフが回収して集計します。さっきと違うのは、互いの好意がマッチングすると、今度は実際に、連絡先を交換することができます。その他、パーティーが終了した後も、2人で自由に交流を深めることができます。

ちなみに、これがまた結構シビアなんですよね。。マッチングできなかった人は先に、スタッフからのお告げがあり...そのまま出口まで案内されます。自分もその役を果たしたのですが、まあ、、胸が痛みました。。。

ここでひとまずパーティー全体の流れは終了です。

◎参加者はどんな人?

ズバリ、様々な方が参加されています。婚活と言っても、非モテオーラ満載のオタクなのかと言うと、そんなことはありません。

もちろんそういう方もいます。

が、大半は普通の人です。身なりが、ちゃんとしていて清潔感のあるスーツ男性や、オシャレにスプリングコートを着こなすカジュアル女子など、一見すると「ホントに恋愛困ってるのか?」と感じる人たちが、たくさんいらっしゃいました。

年齢に関しては、開催パーティーの対象年齢に付随して、20後半〜30代前後の方が多く、上だと40,50代の方までいらっしゃいました。

繰り返しにはなりますが、全体観として本当に普通の方々です。

◎どんな人に、人気が集まりにくい?

そもそも『人気が集まりやすい人』は、ある程度、収れんしています。ビジュアル。あとは笑顔、清潔感。そんなところでしょうか。

フィーリングの合う合わないは感じられるにせよ、7,8分話したところで相手の中身までを探ることはできません。

7分という限られた時間の中で、トーク力でポイントを稼ぐってのは、相当な対人スキルをお持ちの方だと思います。

そんな方は婚活という存在すら知らず、今ごろベットインしてます。

まずは『人気が集まりにくい』理由から1つ1つ対策を講じ、印象アップに繋げるのも手です。

その傾向を振り返ると、こうです。

・遅刻する

結構多かったんですよね、開始時間に遅れてくる人。これ、ちょと想像すれば分かることなんですが、パーティは基本、男女同数で設定されています。つまり誰かが欠けてしまうと、一方の異性が1人余ってしまう、ということになります。

自分含め、せっかく高い金払って参加しているのに、そのへんに対する配慮が弱い、という時点でドンマイ感が出てました。

・誰それ構わず『好印象』を送る。

先ほどご説明した、相手に好印象を伝える時の話です。確かに、何人にでも「いいね」できます。

が、制限時間いっぱい、一心不乱にチケット書き続けている人は、ハタから見ていても『余裕のなさ』みたいなのが滲み出ちゃってる気がしました。相手からすると鼻息フンフンしている人に言い寄られても、何だか身構えちゃいますもんね。

SNSにもいますよね。そこら中の投稿にいいね押しまくる人。実際、そういう人から「いいね」されても、気持ちがあまり伝わってこない。

婚活も同じで、最低でも数人程度に絞り、丁寧に向き合うべきだと思いました。

・クサイ

いるんです。部屋に入ると、プ〜ンと臭う人。狭い空間だから余計に篭りやすい。

(緊張して汗ばんだのかなあー...。)

自分も人見知りなので気持ちは良くわかりますが、ちょっとした努力で解決しやすい部分だけに、ここで印象を悪くするのは勿体無いなと思いました。

・優柔不断

一向に相手を選べない。スタッフが「後でまた(相手の名前を書いた紙を)回収に参ります。」と言って、しばらくしてから伺っても、まだ書けていない。これ女性目線なのかもしれないですが、決断に時間がかかる人に身を委ねる気にならないですよね。

不思議なことに、時間がかかるのって、全て男性だったんですよね。女性は、ほぼ皆さんサクッと書き終えて待ってました。

・直前になってバタバタする。

パーティーに際して、先述した好印象を伝えるカードだけではなく、その他にもアンケート用紙などの様々な資料がバインダーに挟んで配られます。

会が始まったら取り出して色々記入して頂き、お帰りの際はまたバインダーにまとめて回収します。

パーティー終了前の、ちょっとした空き時間になると、スタッフが参加者に対し「この後バインダーを回収しますので、まとめといてくださいー。」といった事前アナウンスをします。

それにも関わらず、いざ回収に伺うと、紙があちこと散乱していて「ちょと待って。」なんて事態が起きてしまうのです。

これも不思議なことに、やっちゃうのは皆、男性なんですよね。

女性の皆さんは綺麗にまとめて、後は渡すだけという、余裕の状態なんです。

同性として「男しっかりしろよ!!!」と思ってしまうことが多々ありましたが、一方で僕も普段、そう思われているのか、と1人で身が引き締まる思いになりました。

逆に言うと、こういうことが当たり前にできている人は「きっと上手くいくんだろうなあー」って見てました。

と、ここまで色々書いていて気付いたんですが、他人の恋愛をハタから見るって、めちゃくちゃ勉強になる。

最後に

1日、様々な人の婚活事情を垣間見てきたのですが、そんな中、参加者の皆さんに共通していたことがあります。それは

「純粋に、コミュニケーションを楽しんでいた。」

ということです。

20代の若い人だけでなく50代の方も、皆んなが束の間の異性との時間を笑顔で過ごしてらしたのが、印象的でした。まさに恋愛に年齢は関係無いということです。

おっさん、おばさん、になっても恋愛することは何一つ恥ずかしいことでは無いですし、むしろ素晴らしいことだということを学んだ1日なのでした。

ご馳走になる時に、気をつけるべきこと。

ご馳走になった際は、 しっかりと感謝の意を伝える、伝わる努力をしています。

せっかくお金と時間を割いてくださった相手に「オゴり甲斐のないヤツだったな。」なんて思わせたくないからです。

なぜこんな話をするのかと言うと、とある会食で私がご馳走した後、いつにも無く『ご馳走した感』が残ったからです。普段、家着く頃には「あー楽しかったー。」しか残りません。

回りくどい表現をせず言えば『オゴり甲斐のない相手』という印象を、どこかで抱いてしまったのです。器の小さい話ではありますが。

その一方で「何故、こんな感覚になったのだろう。」そして「自分がオゴられる立場になった時、どうすれば、こうならずに済んだだろう。」ということを、改めて考えさせられたのです。

結果はこうです。

◎食事の後、LINE(メール)する。

当たり前の話ですが、一方で、こんな意見もあるみたいです。

「へえーそういう意見もあるのか。」と思いながら読みましたが、お食事をご馳走してくれるのは、20代よりも上の方が多いでしょうし、送って損は無い気がします。

◯で、次に送る内容です。

「今日は、ご馳走様でした。ありがとうございました。」だと気持ちが、こもっていないというか、伝わらないというか。

長々と書く必要はなく、端的で良いので、その時出た料理や、会話の『感想』を述べるのです。

例えば「今日はご馳走さまでした。金目鯛の煮付け、本当に美味しかったです!ありがとうございました。」とか「今日はご馳走さまでした。(話であった)とりあえずやってみる、を意識します!ありがとうございました。」とか。

大事なのは、その場で起きた具体的な内容を入れることです。「ご馳走さまでした。」だけなら、その時寝ていても、耳栓していても言えます。

人って、具体的であればある程、自分だけに関係がある情報であればある程、伝わりますからね。

また、その時出てきた話なら何でも良い訳ではなく、ご馳走した側にとって『誘ったメリット』を感じられる内容にすべきです。

分かりにくいので具体例を出すと、「今日はご馳走さまでした。たくさん愚痴を聞いてもらってスッキリしました!ありがとうございました。」だと、金銭的にも精神的にもトクをしているのは自分だけです。

相手の悩みを解消した、という意味では誘った甲斐があるのかもしれませんが、感想というのは、私情を主観で述べることではありません。それならば、日記に書けば済むことです。

「テメエの話に、テメエがどう思ってるか」なんて、どうでも良いのです。

そうではなく、相手の事情に対して、客観の立場である私が、主観をもって「どう思ったか。」を述べることだと考えています。

誰しも「俺・私の話に、お前がどう思っているか。」が気になるのです。

その点、「◯◯が美味しかったです。」という内容は、招待した側の考え(計画)に、された側がどう思ったかを伝える、シンプルな感想と言えます。自分が、あれこれ思案してセッティングした店が、どうだったのか気にならない人はいません。

何より、美味しい料理は、双方にとってのポジティブな共有体験です。 

あと私は、最初からご馳走されるのが予想される相手であれば、

◎お土産を持参します。

会計の時に、割り勘分を渡そうとしたところで、受け取ってくれないことが多いからです。百貨店でも、近所のパティスリーでも良いので相手が喜んでくれそうなものを選んで持って行く。

もはや思いやりの話ではなく、単なるプライドの問題なのかもしれないですが、いくらオゴってもらうとはいえ、一方的に負担をかけるのはよろしくない。

ですが、人によっては本当に必要ない(持ち帰るの面倒)、なんて事もありますから、そこは気を付ける必要があります。

人並みな意見ですが、やはり、相手が喜んでくれそうな事を想像し、行動に移す、に尽きます。

 

寒い日(冬)は、とにかくウツ。でも、理由がはっきりしてるから、あまり気にならない。

季節の変わり目は、自律神経が乱れやすいから、ウツ症状になりやすい。なんて言われるけど、私からすれば、季節の変わり目どうこうではなく、気温15度を下回ると、どうしてもウツっぽい。

とにかく気力が湧いてこない。体がダルい。頭の回転も、いつも以上に悪い。

冬場はずっと、そんな感じですね。本当に苦手。

でもこれ、単に、メンタルだけの問題じゃないんですよね。

寒いと当然、着込みます。着込むと、体が締め付けられます。締め付けられると、体は縮こまって猫背になります。猫背になると、お腹を圧迫して、呼吸が浅くなります。

すると脳に回ってくる酸素の量が少なくなるから、頭の回転が悪くなる。

また、着込むことで、物理的に肩や首への負担が増えます。周辺の動きが鈍るので、コリを生みやすくなります。大事な神経や血管が通っている場所ですから、これらの巡りが悪くなると、体全体の循環も鈍るということです。

あーこの、寒いんだか、暖かくなるんだかの瀬戸際みたいな季節、早く過ぎ去ってほしい。

Tシャツだと、肩周りを動かしやすくなるから、コリが軽減されて、頭もスッキリするんですよねえ。

もう、今の季節は、無理に元気出さないようにしてます。

振り絞って、シャカリキな1日を過ごすと、その日は頑張れたとしても、その後の反動がすごいんですよね。もはや、布団の上から一歩も動けないくらい、力が抜けてしまう。

一方で、世の中には、湧き水のようにエネルギーが溢れ出す人がいますよね。

身の回りで言えば、仕事中ずーっと喋っていて(てか集中しろよ...)、何処そこ構わず、会話に加わろうとする人がいます。

同じ人間として、「この人の分子構造は、どうなってんだろう」と不思議に思うことがあります。

皮肉っている訳ではなく、純粋に、理解が及ばない。

恐らく、これらのクラスタの方々は、私を見て「シャキっとしろよ。」と思うかもしれないですが、私は皆さんを「暑苦しいやつだ」なんて、揶揄しません。

どうか「こんな人間もいるんだ。」くらいに、放っておいてほしいところです。(※特に何かされた訳ではありません。)

理解はできないけど、尊重はする。以上。なんだか、コレが締めの言葉みたいになってしまいました。

が、体裁を整える気もなく、たった800文字程度とは言え、文章書いていると、益々ダルくなってきたので、潔く休むとします。

仕方ないんです、そういう体質ですからねえ。

Instagramの意外な魅力に気付いた件

先日新たに追加された、複数投稿機能。

それらの画像は、画面上を縦にではなく、横にスワイプして見れるようになっています。ですからタイムラインを、ある人物が占拠する、なんて事がなくなりました。

早く、その機能を試してみたくてイタリアンのお店で撮った、お洒落な写真たちを「これと、あれと。」なんて言いながら選りすぐってたのですが。

「ボタンがない...。いつまで経っても出ない...。」調べたところ、どうやら、私だけに起きたトラブルではなかったみたいです。チラホラと対処法がネットに上がっていました。

・ログアウトする

・バックグランドから削除する

・アンインストールしてから、再度インストールしてみる

などなど、書かれているものは、ほぼ全て試してみました。が、ダメ。何故だろうか...。

アップデートも最近さかんに行われているみたいですが、一向に現れる気配がありません。気長に、このトラブルが解消されるのを待つべきなのか、否か。とりあえず「色々やろう。」と思って、単発投稿をしまくってます。(そのうち、現れるかな、なんて無意味な抵抗。

私の場合、毎日アップロードできる程のコンテンツがありません。そのため、過去をさかのぼって、使えそうなものを探しまくる訳です。

すると、なんだか...

「インスタグラムすげーよ!!」

って、今更感も甚だしいですが、改めて思ったんですよ。

「あ、俺ってこんな楽しいことしてんだなあ。」「あ、こんな美味しい料理食べに行ってたんだなあ。」なんて、 明るい情報がいくつも蘇ってくるのです。

これは「できないことよりも、できることに。」とか「ミスよりも上手くいった時のことをイメージする。」みたいなものに、近い感覚がありますよね。

ちなみに、このアプリケーション、すんごくビジュアルにシビアなんですよね。笑

よく分からん風景画像とか、「ドット絵かよ。」とかツッコミたくなるような荒い画像だと、いいねが減る。親しい友人同士の、単なる娯楽のくせして、評価はかなり厳格。

なので、アップロードする側も、明るさや暖かみを調整するなど、できる限りビジュアルを整えてから投稿します。

そもそも、加工以前に、載せるにふさわしい画像を探すところから始まります。

膨大なデータから、とっておきの画像を選りすぐっている中で、自然と「良いもの」に視点が行くようになります。

『最近ネガティブなことに目が行きがち。』という方は是非、Instagramに画像を投稿する、なんてことをやってみてはいかがでしょうか。

ちょっぴり、心が明るくなると思います。